「四の五の言わず良い曲作ってりゃいいんだよ」と言ったがあれは嘘だ

「四の五の言わず良い曲作ってりゃいいんだよ」と言ったがあれは嘘だ

ARCARADIO(@arcaradiofficia)です。

先日偉そうにこのようなことを申しましたが

四の五の言わずに良い曲作ってりゃいいんだよ

こんなものはまやかしです。騙されないように。

何故こうも才能も運もないのか

なんで僕はこんなに才能がないんでしょうか。

別に才能がないだけならいいんですけど、何故こんなにも機材に恵まれていないんでしょうか。

今や音楽をやる人間であればUADはほぼ必須と言っても過言ではありませんが、僕は未だに持っていません。

UADプラグイン – Universal Audio

UADを持っていないことがどれほどコンプレックスを形成するかは想像に難くなく、僕も当然ながらその例に漏れません。

昔は市販の音源を聴いて「音良いなぁ、どうやって作ってんだろ」とか呑気なことを思ってましたが、今はその回答に「UADです」と断言してしまっても良いくらいです。

UADがないと本当にいなたいというかダサい音しか作れないという問題があり、正直なところUAD以外のプラグインメーカーは全部潰れてしまっても支障ないのではないかと思うくらいUADは優秀なプラグインです。

ここまで来ると本当に持ってないこと自体がコンプレックスになりますし、「UADも持ってないのになんで自分は音楽やってんだろ・・・」という自己否定に苛まれてしまいます。

ってか、ここ最近「UADが使われてない音楽なんて作る価値があるのか」と割と真剣に悩んでいます。

プラグインの良し悪しなんて音楽の本質的な価値とはあまり関係がないような気もしますが、それでも気にしてしまう程度には馬鹿げた代物です。

呪われたマイクプリ

UADもさることながら、我が家のマイクプリアンプは本当に酷い。

どれくらい酷いかというと、これを使って始めて「自分の声ほっそ」と思ったくらいです。

僕は男性の中でも結構声質は野太い方であり、それが自分ではめっちゃ嫌なんですけど、このプリアンプを使うと自分の声がめちゃくちゃ細く感じます。

「ならいいじゃん」って思うかもしれませんが、細くなるだけじゃなくアタックもなくなるし艶もなくなります。

音像というのは相対的なものなので、普通は太さがなくなったらその分高域が目立って艶が出てくるものなのですが、このプリアンプにいたってはそのような点がまるで見当たりません。

細い・艶がない・アタックがない・いなたい、と機材を評する時に使われる悪い言葉のみを集約した感想になってしまいます。

音質の劣化があまりに激しすぎて腹が立っていましたが、もしかしたら本当に呪われてるんじゃなかろうかと心配になってきました。

ぶっちゃけ、こんな酷い代物手に入れようと思って入れられるもんじゃないと思うんですよね。

 

ちなみに、以前の活動を辞めた理由の一つとして「これを手に入れてしまったから」というものが挙げられます。

もちろんそれだけではないんですけど、色々厳しかった時期に頑張って手に入れた機材がそのような酷い代物だったことは、僕の心を折るのに十分な役割を果たしました。

最近自信を失くしてきた

来たる11月中旬にはWEB上の同人音楽即売会であるAPOLLOが開催されますが、出ようかどうか迷っています。

最近自分の作る音楽にマジで自信がなくなってきて

「こんなゴミしか作れないのに出てどうすんの?」
「ああいうのは才能ある人が出るとこだから。君はお呼びじゃないから」

という思いが頭をよぎるようになってきました。

僕は以前同人活動に精を出していましたが、最終的には活動終了ということになってしまったので、多分言うほど才能はないんでしょう。

才能がないなら出るだけ無駄だよなぁと思いますし、仮に出ても自分の傷口を広げるだけの結果に終わる可能性があります。

普通に生きてるだけで常に出血してるようなもんなのに、これ以上出血箇所増やしてどうすんだっていう。

才能のない人間は辛いですね。誰にも見つからない場所で細々と音楽を作るしかないのでしょうか。

 

世の中は結果が全てであり、結果を出せない人間には何の価値もないようです。

できればそういった価値観を否定しながら生きていきたいところですが、現実問題として僕には何の価値もないので反論できません。

価値があったら、きっとこんなところで捨て置かれてはいなかったのでしょう。

自分が曲を作る意味とは

UADを持ってないことやマイクプリが呪われてること、そのせいでいまいち良いものが作れないことで複合的に自信を失くしてしまってる気がします。

それらは音楽の本質的な価値とは何ら関係がないはずなんですが、視聴回数が多いのはやっぱり音質の良い曲ばかりなので、そうも言ってられないんですよね。

何より、僕はやっぱり音質の良い曲が好きなので、そうじゃない自分の曲には価値を感じられなくなってきているのでしょう。

既に世の中には億を超える再生回数をほこるアーティストが何億円もかけて設立されたスタジオで高品質な音楽を作っているという現実があるのに、プロでもない僕が何の施工も施されていない自宅の一室で貧相な機材に囲まれて作る音楽に一体何の意味があるんでしょうか。

音楽をやればやるほど、その辺りが分からなくなってくるばかりです。

自分にはこれしかないことはよく分かってるので、できれば続けたいんですけどね。

続けるには、何かしら確固たる理由が必要なのかもしれません。

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