現在考えている僕の音楽活動の引き際について

現在考えている僕の音楽活動の引き際について

ARCARADIO(@arcaradiofficia)です。

ちょっと唐突ですが、僕はある目標を達成して且つ状況の変化に納得がいかない場合は今度こそ本当に音楽活動を辞めようと思っています。

以前Twitterでちょっと触れたような気もするんですけど、改めてブログにも書いておこうかなと。

その基準とは?

その目標とは、「楽曲を100曲アップロードすること」です。

オリジナル曲を100曲作ってアップロードしても状況の肯定的な変化が見込めない場合、僕には音楽の才能がなかった(市場に受け入れられなかった)という一つの結論に達することができるので、そこを引き際にしたいと考えています。

100曲という数字に明確な根拠があるわけではないんですが、なんとなくキリが良いので設定しました。

正直まぁ100曲くらいじゃ才能の真贋を発揮することはできないと思うんですけど、それ以上やるのは徒労が激しくなるし、もう少し自分の人生を大切にした方が良いんじゃないかと感じる次第です。

 

仮に僕に才能があるとしても100曲作って認められないようでは死後認められるルートに入る可能性が生じるので、それは避けたいところですね。

僕が死んで訃報ツイートでもされれば「才能あったのに」「R.I.P」「死ぬ前に知りたかった」とかいう偽善フェスティバルでも始まるんでしょうか。

個人的には、僕が死んでも誰も気にしないことにベットしたいところです。

 

まぁそれはともかく、死後に認められるパターンになるくらいならいっそのこと作ったものは全削除して潔く身を引きたい所存です。

自分の利益に繋がらないところでいくら評価されても欠片も嬉しくありませんし、むしろ死というカードを切らないと僕の才能を認めようともしない偽善者共を喜ばせる義理なんて何一つありません。

本当の本当に辞める気なのであれば自分の痕跡なんて残さないに限りますし、「最初から存在しなかった人」という形で誰からも認識されない方が気楽です。

 

僕は以前KRASTERIIという活動を行っていたのですが、それを辞める際に痕跡の全削除に踏み切らなかったのはやっぱり未練があったからなんでしょう。

そのせいでこうやっておめおめと戻ってきて生き恥を晒すことになってしまっているので、「あの時踏み切っていれば良かった」と思わないでもありません。

「辞めます!」と宣言したところまでは良かったんですけどね、あともう一歩ってところでした。

残念賞。

ちょっと落ち込み気味かも

引き際を宣言したところで何がどうなるわけでもないんですけど、なんとなく言いたくなったので記事にしてみました。

ぶっちゃけ僕は前言を翻すことに何一つ抵抗はないので、「100曲作って状況も微妙だけどやっぱ続けます」となる可能性もあります。

でもまぁ、全精力を注いだ100曲を世に出して駄目なら辞めた方がいいんじゃないかなぁと思うし、それ以前にメンタルが持たないような気もしますね。

音楽を続けてても不幸一直線なことは以前の活動でも証明されていますし、あんまり自傷行為に励みすぎるといつか痛い目を見そうな気がします。

「趣味:自傷行為」というわけでもありませんし。

 

100曲というのはある意味自分を納得させるための数字であり、かつ「これ以上続けたら危険だ」というラインなのかもしれません。

自分の身はどこまでいっても自分でしか守ることはできないので、感情的にならず冷静な判断を下したいところです。

 

正直なところ、以前やってた活動を辞めて約一年経って色々リセットして「今度こそ楽しく音楽ができるかも」と期待してたので非常に残念です。

結局前と同じような心境になってしまっていますね、もう少し成長したかと思ってたんですが。

僕はどうも元々がこういう気質の人間なんだろうと思います。

最近ちょっと鬱ツイートも増えてるし、もしかしたら100曲達成する前にギブアップしてしまうかもしれません。

「自分の才能が満足に評価されない」という現実に立ち向かうには、僕はちょっと繊細すぎるんでしょう。

音楽活動カテゴリの最新記事